第33回足立の花火

「足立の花火」の歴史

「足立の花火」の歴史をたどって

 皆さんが、毎年楽しみにしている足立の花火。今年で33回を数えますが、今年は、この「足立の花火」の歴史をたどってご紹介します。

足立の花火の始まり

足立の花火の起源

 「足立の花火」の起源は、明治年間に千住大橋の落成を祝って、花火を打上げたのが始まりだと伝えられています。
 そして、大正13年8月13日、千住新橋の開通を記念して、「千住の花火大会」という名称で足立区に登場し、本格的に開催されました。
 この当時、「両国の花火」と「千住の花火」は、夏の風物詩として多くの人に親しまれていたようです。
 打上玉も4号玉(直径約12cm玉)が現在では最大ですが、当時は尺玉(直径約30cm玉)も打上られていました。
 しかし、区民に愛されていた花火も戦争の影響を受け、昭和14年を最後に姿を消します。

 


戦後に「千住の花火大会」が復活

「千住の花火大会」が復活

 戦争が終わり、混乱と経済情勢が安定しない中、昭和24年8月13日に区民待望の「千住の花火大会」が復活しました。
 当時の記録を見ると、「仕掛け花火30基、打上花火520発、人出60万人」という記録が残されています。その後も区民の憩いの場として楽しまれました。
 しかし、河川改修により昭和34年を最後に「千住の花火大会」は幕を下ろしました。

 


「足立の花火」が登場

 昭和50年頃になると、区民の間に足立の花火の復活を望む声が強くありました。
 足立区及び足立区観光協会(現在の足立区観光交流協会)では、昭和53年8月の区民納涼大会で約800発の花火を打ち上げたところ大変な人気を呼びました。
 そして、昭和54年8月に「千住の花火大会」から「足立の花火大会」へと名称を変え、登場します。20年ぶりの復活です。

「足立の花火大会」へ

 観客30万人余が見上げる中、3,700発の花火が打ち上げられました。


 多くの方々に愛され、地域の皆様のご協力により回数を重ね、今年で33回目を迎えます。
時代の移り変わりと共に、その姿を変えながら続いている「足立の花火」。
途中、中断もありましたが、約100年の歴史を誇り、将来に残すべき文化、伝統でもあります。
ぜひ、みなさん、この「足立の花火」にご声援をお願いいたします。